球場の歩き方一覧

 野球場が好きだ。

 一体何が好きなのか。おそらくその構成する全てが私の本能を燻るのだ。なにも”野球を観る”事だけが全てではない。野球場の雰囲気、ナイターでのカクテル光線、一投一打への歓声、グラウンドの芝生、スコアボード、売店、売り子の”ビールいかがですかぁ”の掛け声、野球場へ行くまでの道程・・・1つずつ数え出したら恐らくきりがない上に、更に細かく詳細を話したくなってしまう。野球場は興奮そのものだ。

 野球は物心ついた頃からテレビで見ていた。父にメモ用紙に守備の位置と名前が分かるように書いてもらい、一生懸命覚えたものだ。中継は毎日のように流れる読売戦しか見られなかったが、次第に選手名を覚えていく。野球は少年の心を確実に掴んだ。

 野球を好きになって初めて、筆者は生で選手を見る機会に恵まれた。野球場への感動も味わった一日であった。
 初めて訪れたのは1990年4月のこと。ロッテ×西武のデーゲーム。当時まだ少年だった筆者にはひとりで野球観戦に行く術もなければ小遣いもない。頼りとなるのは父親の存在だけであった。この日のチケットも父の知り合いから譲り受けたものだ。

 JR川崎駅から川崎市営バスに乗る。市役所通りの並木道がまるで参道のように迎えてくれる。暢気なもので既に試合は始まっている時間だ。父がバスの運転手にこのバスが川崎球場に行くかと聞く。野球場の場所も知らない少年にとっては全てが未知の世界であり、わくわくする気持ちで足取りも速くなる。

 バスは市役所通りを東へ進む。10分もしないくらいで父は私を連れて降りた。どうやら着いたらしい。川崎球場のクリーム色の壁と照明塔が目に入ってきた。更には中から歓声が聞こえる。試合が始まっているので周辺は人気もない。ただ、ファンコーナーと呼ばれるグッズの売店の人がいるだけだ。

 父は自分から野球を見に行く人間ではなかった。チケットを譲り受けた時くらいしか重い足を動かそうとはしない。それ故、今でこそ外野席に1,500円程あれば入場できる事を知っているが、野球観戦に行く事など高嶺の花だと思っていた。

 川崎は自宅からも近く、今思えばもっと足を運んでおくべき野球場だった。初めて観戦したあの日が、まさか一生のうち最初で最後の川崎球場での観戦になろうとは知る由もない。少年は父に買って貰った選手名鑑を片手に、クリーム色に立ち聳える野球場の中へと向かった。

 チケットを差し出し入場する。初めて見た野球場とは面白い場所だった。何だか薄暗い場所に、所々に椅子が置いてある。煙草を吸う人を横目に少年は父に連れられ階段を上る。ゲートを潜った先にはテレビでしか見た事のない野球場とプロの選手たち。青い空とスタンドの熱気。野球を好きな人だけが集まっているまさに夢のような場所だ。

 筆者は持っていたチケット通り1塁側内野席に座った。

 たまたま座った席の後ろに大きな声で野次を飛ばすオジサンが二人座って、ビール片手にオリオンズを応援していた。「西村君!よく走った!」などと言っている。オジサンは筆者にも声をかけてきた。幼い少年は怒られるのかと思ったが、何やらいろいろと応援フラッグや選手名鑑などグッズをくれた。今となっては貴重なオリオンズの旗だ。

 後から知ったが、川崎球場のある川崎という街はもともと工場の街だ。この川崎球場も工場の従業員たちにとっての娯楽施設であったのだ。労働の場所に隣接して娯楽施設があるというのは当時理想の形であった。他の野球場にはない全く違った雰囲気だ。さっきのオジサンたちもきっと工場の人たちなんだろう。そのギャップに幼いながらも肌で感じ取ることができたのは幸せだった。

 しかしロッテが川崎に本拠を置いていた時代は正直言って不運な時代だった。工場の労働体系も時代が変われば変わるものであり、機械の発達、電子や化学の発達で”機械の時代”になる過渡期であった。次第に人間は現場で働くのではなく、現場を動かす身分へと変わっていったのだ。
 川崎も同じで、川崎の工場で働く人口は年々減少をたどる。人口が減れば娯楽を求める人口も相対的に減少する。川崎球場からも年々人が減っていった。不運だったのは球場の老朽化もあるだろう。とてもお世辞にもキレイな球場だとは言えなかった。

 その日、川崎球場で試合を見た後、少年の心は躍っていた。とても幸せだったし、満足だった。帰り際にファンコーナーで選手のサインボールを買って貰った。バスの中で何度も中身を見ては微笑んだ。野球を見に来たことが本当に楽しくて仕方なかった。
 その日の夜、テレビをつけてニュースを見ると、試合結果を放送している。先程まであの同じ空間に居たことがまた夢のように思えてくる。

 翌日、小学校のクラスで朝の”出来事発表コーナー”みたいな時間に川崎球場の事をクラスで話した。本当に嬉しかった。野球場に入った瞬間の事、青々とした空の下でプレーする選手たちの事・・・
 少年の頃の思い出だが一生忘れられないだろう。

 

 あれから何年の時が過ぎただろうか。思い出の川崎球場に行ってみた。

 あの熱気あふれるスタンドはもう今はない。はやる気持ちを抑えながら上った階段も、サインボールを買って貰ったファンコーナーもない。グラウンドそのものだけが軟式野球場として生き残っているだけだ。スタンドの跡に土手が出来上がり、僅かな観戦席がある。少年の頃見た景色は僅かな面影を残して第二の生涯を歩み始めた。時代は流れているのだ。昭和の匂いすら感じさせる照明塔が、今もなお、数々のドラマを生んだグラウンドを見守り続けている。

 今もどの野球場へ行くときもこの気持ちは変わらない。ゲートを潜り、スタンドとグラウンドが見える瞬間はいつの時代になっても変わらないものだ。その感動を味わいたい、そして誰かに伝えたくなる。だから野球場に足を運ぶのだろう。それぞれの野球場にそれぞれの顔がある。別の感動がある。

 本編はその感動を行った事がある人もない人にも少しでも伝えていきたい上に、初めて行く人が分かるようなガイドブック的なものにしたいと思い作成した。一緒に野球場の歩き方を感じ取っていただきたい。